ブログカテゴリ:母親


幼稚園児が「大人」という着ぐるみを着ているだけのような母親。 わがままで奔放で、自分中心、自分の想いのままに振る舞います。 相手の立場にたって思いやる、気遣う、ということができないため 母親になっても、子どもより自分を優先し、勝手気ままに行動します。
母は、顔立ちがはっきりした華やかな人です。多才で、社交的で、面倒見がよく いつも輝いて見える、自慢の母でした。 私は母に似ておらず、どちらかといえば母の陰で地味に生きてきました。 母には逆立ちしたってかなわないという想い強く、 母と並んで歩くと、娘であることに何だか申しわけなさを感じてしまうのです。
母親の心には、穴でも開いているのでしょうか。口を開けば不平不満や愚痴ばかり。 箸がが転んでも、と言いますが、この母親なら 箸すらも立派な愚痴のネタになりそうです。 この手の人たちは、常にネガティブなエネルギーをまき散らしているので、 近くにいる人はどっと疲れてしまいます。
ブランド、外見、ステイタス、理想の家族を演じるために 外側ばかりととのえる母親。 幸せな家庭、自慢の娘、すべてはそのイメージを守るために 服装・持ち物、習い事、進学先、就職先、結婚相手にまで、こと細かく口を出してくる母。 私は彼女の「はりぼて」のような幸せを演出する駒でしかない・・・。
口を開けば、人の悪口ばかり言っている母親。 人を蹴落とすような表現が、次から次へと出てきます。 劣等感が強く、ライバル意識が強いのでしょう。 目の前の人と無意識に競い、相手の劣った点を見出すことで安心するのです。
男は外で仕事をし、子どもを育て家を守るのは女の務めとされ、 支配的な父親とそれに耐える母親、という構図は現代でも少なくありません。 生まれた子が女の子だと、あからさまに嘆かれた時代が長く続き、 その中で母から娘へ「女性性の否定」という課題もまた、連綿と引き継がれています。
子どもの頃から、「完璧な子ども」になることを望まれていました。  100点以外は点じゃない、 〇〇さんに3点負けてる  こんなこともわからないの、 もっと頑張りなさい 母は、私の足りていないところを見つけるのに長けていました。
何かあると「体調がわるい」「動けないから 手伝ってくれない?」 やんわり断ると「せっかく育てても手のひら返して、長生きするもんじゃないね」 何かにつけて「~のせいでこうなった」「~しておけばよかった」「~さえなければ」 母はずっと「弱くてかわいそうな私」の世界で生きています。
ヒプノセラピーで胎児の頃の記憶にアクセスすると、 「お母さんを守るために生まれてきた」 「お父さんとお母さんを救うために生まれてきた」 と感じる方がいらっしゃいます。私自身も、そうでした。
小さい頃から、私の意識より母の手が先回りしてそこにあった。 失敗をしないように、痛い思いをしないようにって、 私が動くたびに、母の言葉がまとわりついていた。 自分が一体何をしたいのか、どう生きたいのかわからない・・・。

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